知らん間に耳コピーがたまっていた

たまに気になる演奏をtranscribeするのだが、耳コピーってあまり得意じゃないのよね。例えば外国語なんかはネイティブが話すフレーズを聞いて「こういう時は、そういう表現をするのか」って発見して実際にその表現を使うということができるのだが、音楽だとどうもうまくできない。何とか音を採るだけ採って、そのまま放置することが多い。Mike SternもPat Methenyも皆、「赤ちゃんが言葉を憶えるのと同じように、ジャズの言葉を憶えなければならん」みたいなことを言うけど、憶えられへんぞ。なぜ自分が上手くできないのかを少し考えてみたが、おそらく採譜したものからどんな情報を引き出すのか、何を学ぶのかを言語化できていないのだろう。

言語化できていないとは言うものの、「どんな度数の音を弾いているか」「どんなスケールを想定しているか」といった程度のことはアナライズしてるんやけど、応用できないのよね。

そんなことを考えつつ今週も少しハードバップなソロを耳コピーしたのだが、書いた楽譜を綴じようとしてファイルを開いてみたら、この2年ほどで採譜したものがたくさんあるのを発見した。いつ、こんな曲のこんな演奏のコピーをしたのか?全く記憶がない。自分の記憶力の低下もショックだが、よくもこれだけ「音を採るだけ」ということを徹底したもんだと感心。じゃなくて愕然とした。

ちょうど練習もマンネリになってきたところやし、この過去の耳コピー譜を再度弾いて勉強してみよっかなー。ちなみに、山田忍さんの教則本名演コピー&アナライズで学ぶ本気のジャズ・ギター・メソッドを調べるためにAmazonで「山田忍」って検索したら、山田風太郎忍法帖シリーズが出てくるぞ。

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